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大阪家庭裁判所 昭和37年(家)6267号 審判 1963年5月31日

申立人 佐藤トミ(仮名)

相手方 佐藤実(仮名)

主文

相手方は、申立人に対し、昭和三八年五月から婚姻費用として毎月金二万〇、〇〇〇円ずつの支払をせよ。

理由

(申立の要旨)

申立人は「相手方は、申立人に対し、昭和三七年二月以降一月金二万三、〇〇〇円の婚姻費用を分担せよ。」との旨の審判を求め、その理由として

一  申立人と相手方とは、昭和二四年九月一六日婚姻した夫婦であるが、相手方は、情婦をもつて、申立人を顧みないので、申立人は、さきに当庁に離婚及び財産分与などの調停の申立をしたが、不調となつたので、昭和三七年七月一〇日大阪地方裁判所に離婚等訴訟事件を提起して、目下係争中である。

二  ところで、申立人は、相手方と婚姻して以来、家事に尽瘁したのと精神的の過労とがたたり昭和三二年二月から肺結核及び精神病に罹患し、入院あるいは自宅療法を続けて来たが、その間に健康保険の給付期間が切れたので、

昭和三七年三月以来は、自費による療養をしなければならなくなつた。

三  したがつて、申立人は、自ら働いて療養費を稼ぐことができないもののところ、相手方は、家計費たる一万五、〇〇〇円を月々申立人に交付するのみで、療養費として必要な月八、〇〇〇円を負担しようとしないので、これが負担を求めるべく、本申立に及ぶ。

と、主張した。

(判断)

一  調査の結果によると

(イ)  申立人は、大正三年九月二五日生れで、従前は舞踊や三味線の師匠をしていたもの、相手方は大正九年五月一〇日生れで、当時大阪市立○○小学校の教師をしていたもののところ、申立人が先父の子たる○村君子の保護者として、同小学校のPTAの役員をしていた関係で双方がじつ懇となり、昭和二三年八月から内縁関係に入り、昭和二四年九月一六日に正式に婚姻届をした。

(ロ)  双方が内縁関係に入つた当時、申立人が七万〇、〇〇〇円、相手方が五万〇、〇〇〇円を出して、バラック建の住宅を購入したが、そのときの敷地を明渡さねばならなくなり、後になつて、肩書住所の土地を相手方が友人某から借受けて、このバラックを移築し、順次造作増築し、数年前に二階建とし、そのとき住宅金融公庫から、二二-二三万円を借入れ、それを月賦返済中であるがその他双方とも、見るべき資産はない。

(ハ)  昭和二九年頃に、双方は合意の上、上記君子を自宅に引取り、相手方が同人の高等学校卒業までその面倒をみてやつたもののところ、同人は、昭和三六年三月に高等学校卒業後上京し、目下東洋企画株式会社なる会社に勤め月一万五、〇〇〇円の給料を受けているが、その前後を通じて他に同居者はなく、現在も申立人と相手方とは二人きりの生活をしており、相手方は、昭和三七年四月に大阪市立○○中学校に転勤した。

(ニ)  申立人は、昭和三三年一〇月肺結核のため床に就くようになり、昭和三四年一月に済生会病院に入院し、それから北野病院に移つたが、精神病を併発し沢神経科服部病院に転院し、そこを昭和三六年七月退院し、その後は自宅療養をしつつあり、健康保険の療養期間が経過したので、すべて自費で負担しているが、申立人は、ストレプトマイシンの注射液を薬店で買受け、近所の小山医師に注射をして貰い、ネオ・イスコチン及びパスカルを服用し、強壮剤たる赤まむしを常用したりなどしており、レントゲン写真代などを含め、申立人が月々支払う療養費は、多く見積つて平均四、三九〇円、内輪に見積ると三、八三〇円くらいであつて、その症状は第二期に在り、必ずしも入院療養を要しない段階に在るが、相手方は、申立人が入院して療養することを望んでいるもののところ、入院した場合の費用は月二万三、〇〇〇円くらいかかる見込である。

(ホ)  申立人は、昭和三四年中に、相手方の不貞行為を理由として、当庁に離婚調停(同年(家イ)第一四五七号)を申立てたが、間もなく取下げ、昭和三六年一一月二日にまた離婚調停(同年(家イ)第二二二八号)を申立て、これまた翌昭和三七年三月三〇日取下げたもののところ、さらに同年一〇月一八日、医療費月八、〇〇〇円を要求して調停(同年(家イ)第二〇九八号)を申立て、これと並行して、大阪地方裁判所に離婚訴訟を提起し、この事件は離婚調停(同年(家イ)第二一六〇号)として当庁に回付せられたが、この両調停事件は、いずれも同年一二月七日に不成立となつたので、申立人は、更めて同年一二月一三日に本件の申立をしたものである。

(へ) 相手方の俸給は、現在手取額月約三万七、三〇〇円であつて、そのうちから労働組合費、同窓会費、借地料、家屋税、住宅金融公庫への返済金、交通費及び昼食費など定期的定額的なもの合計八、〇〇〇円を支払うので、約二万九、三〇〇円が手もとに残ることとなるもののところ、昭和三七年中は月約一万五、〇〇〇円ずつを、昭和三八年に入つてから一月一万七、二〇〇円、二月一万七、三〇〇円、三月一万六、八三〇円、平均して月一万七、一一〇円を申立人に生活費及び医療費として手渡しており、昭和三七年四月から、昭和三八年三月まで月平均一万五、六四五円となるもののところ、申立人は、上記医療費を含め、一切の家計費としてこの間において月平均一万六、四七〇円を支払しており、月平均八二五円の赤字となつているが、相手方には、別途昭和三七年度中に期末手当及び勤勉手当として、手取額一七万四、七一四円(月平均一万四、五六〇円)の収入がある。

(ト)  上記家計費の内訳は

(1) 医療費 三、八三〇円(最低)

(2) 電気、ガス、水道、牛乳、新聞及び放送受信料 計三、八一五円

(3) 主食、副食、調味料、嗜好品、交際、交通その他の諸雑費 計八、〇〇〇円

となるものである。

などの事実を認めることができる。

二  ところで、上記家計費の不足分は、申立人の従前の貯蓄金をもつて補われているものと推測できるのであるが、申立人は、結婚後従前の職業に携わつていないから、その貯蓄金は、この場合問題にするほどの定期的な収入源をなすものでないと推測するを相当とし、上記家計費のうち(3)の諸費用は、相当切詰めたものであつて、特にそのうちに被服費が含まれていないし、医療費は相当節約したものと言うことができる-小山医師の供述によると月七、〇〇〇円くらいが相当とのことである-のでこれら費用は、相手方が若干を増額して負担すべきものと判断するを相当とする。

三  ところが、すでに夫と妻が相互に愛情を喪失した家庭において、通常のサラリーマンの家庭におけるごとく、夫がその収入の全額を妻に手渡し、妻から夫に対しその必要な費用、いわゆる小遣銭を還元し、残余があれば貯蓄すると言うような形式方法を採ると同様な程度をもつて、この場合、相手方に対し、婚姻費用の分担を命じることは、相当でないと思料せられるもののところ、上記申立人が申立てた各調停事件の進行の状態から考えて、双方の愛情喪失については、申立人側にもいく分の責任があることを想定できること、申立人の相手方に対する生活上の寄与は、通常の家庭における場合と対比して、稀薄であること、及び相手方には、職場上の交際など不定期的な支出を要することが多分にあることなどを勘案し、これと上記諸認定事実を総合して考えるとき、相手方は申立人に対し月額二万〇、〇〇〇円の婚姻費用を分担し、これを支払う義務を負うものと判断するを相当とする。

そこで、本申立を主文のとおり認容し、もつて審判する。

(家事審判官 水地巖)

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